セッション情報 特別講演(消化器病学会)

学問は定年からがおもしろい-新薬開発物語

タイトル 特別講演2:

学問は定年からがおもしろい-新薬開発物語

演者 武藤 泰敏(岐阜大・名誉教授)
共同演者
抄録 I. 定年の効用: 実際、喜寿を迎えてみると、「定年」に対する見方がすっかり変わってしまった。健康と金力(カネヂカラ)さえあれば、使える余分な時間は十分あるので、かなり思い切って人生をエンジョイ出来る筈である。演者は最近刊行した著書「定年の効用ー人生はそこからがおもしろい」(文芸春秋企画出版部)の中で、次の3つに纏めてみた:すなわち、第一が、家内同伴の世界一周クルーズ(3ヵ月、17ヵ国・24港)。第二が、自宅と都合4ヵ所のリゾート・マンション間を巡ること。最後が、新薬開発のその後を見届けることなどであった。なお、新薬開発は、変わったことに「父親の強力なアドバイス」すなわち、医師は患者の診療に追われるだけでなく、病気そのものの改善に役立つ新しい治療法(新薬を含めて)を発見することを大いに期待していた。 いずれにしても、長年月を要する新薬開発の完遂には、定年後という残余期間が大いに役立った。II. 新薬開発に先立った臨床研修と実験的研究:最近の大きな特徴として、実験的研究と臨床研究とがバラバラでなく、実験室のベンチと臨床のベッドとの間を有機的に結びつけた研究活動:トランスレーショナル・リサーチTranslational Researchが重要視されている。今回の新薬開発にとっても次の体験は大変貴重なものであった。即ち,「内科臨床と剖検」の検証とガスクロマトグラフの自家作製などであった。一つは、恩師冲中重雄先生の「誤診率(非正診率)」に関係したもので、岐阜大学第一内科学教室(1983~1997)の成績では、「10%の壁」が厳然として立ちはだかっていた。そこには、予想だにしなかった未知の病態:例えば、Hemophagocytic Syndromeなどが関わっていた。また、恩師高橋善弥太先生の提唱した「肝性昏睡の短鎖脂肪酸学説」を証明するため、高感度アルゴン・ガスクロマトグラフを工学部の協力を得て、まず、Sr90アルミナフォイルを装着した検出器等を自家作製した。この機器を用いて初めて、生体試料(糞便、門脈血,昏睡患者末梢血等)中に、従来のアンモニアとは異なる物質:SCFAと見出すことができた。さらに、ベッドサイドの栄養学も目覚ましい活動:栄養アセスメント、栄養サポートチーム(NST)が展開されているが、一方かなりの混乱も見られる(血清アルブミン製剤の誤用など)。III. 分岐鎖アミノ酸(BCAA)顆粒(リーバクト)と非環式レチノイド(ACR)(ペレチノイン)の開発:演者の専門である肝疾患の領域において見出した、2つの新薬について述べる。近年,肝性脳症はBCAAを主体とした輸液によって、可逆的に覚醒することが見出された(Fischerら)。これらは、外科患者を対象にしたものであるが、一方内科患者では、年余に亘る治療が要求される。そこで開発したのが、BCAA顆粒(一日12~16g)であり、多数例の長期間投与で、低蛋白栄養状態の改善、生存期間の延長、さらに予想だにしなかったED(勃起障害)の改善、肝発癌の抑制(特に、肥満した肝硬変)などが見出された。コロンビア大学留学中に取り組んだレチノイドの研究から派生した肝発癌を抑制する非環式レチノイドについて、実験的研究ならびに肝癌再発抑制効果(1日600mg)の臨床試験(無作為対照試験RCT)を経て、ようやく薬価収載に漕ぎつけることができた。最後に、癌の化学予防の概念とその根拠についても述べてみたい。
索引用語