抄録 |
口腔から肛門に至る広義の消化管には多数の常在細菌が定住している。このうち、腸には100兆個とも言われる膨大な数の常在細菌が棲息し、その中のいわゆる有用菌は、1)消化管を感染から守る、2)粘膜免疫を強化する、3)腸管粘膜の栄養素を供給する、等の有用な役割を果たしている。プロバイオティクス(Pb)は、これら腸内常在細菌のもつ有益な生理的役割を代替して、健康増進および疾病予防に働く生きた菌として生まれ今日に至っている。一方、ヒトの胃は強い胃酸のため、非病原性常在菌はほとんど存在しない。しかし、萎縮性胃炎や胃酸分泌抑制剤の長期連用により胃酸分泌が低下した胃では乳酸桿菌などの常在菌が増加し、~1000万個/mlにも達する。すなわち、胃は潜在的には常在細菌叢が形成されうる部位であるが、強い胃酸の存在がこれを阻んでいる。一方、マウス等では胃酸が弱いため、胃には多くの乳酸桿菌が定住している。ところで、強い胃酸を有する健常なヒトの胃には、優勢な常在細菌は本当に存在しなかったのであろうか? ピロリ菌はこれまで世界中の多くのヒトに感染していた。ヒトの祖先は400万年前に生まれた後、6万年前に東アフリカに住んでいた今の人類の直接の祖先が全世界へと旅立った。この祖先の胃に感染していたピロリ菌が、彼らとともに世界中に広がったことが明らかになっている。ヒトは、人類として誕生したときから現在に至るほとんどの期間、ピロリ菌と共存していたと考えられる。この間、ヒトの胃はピロリ菌との共存下で、その生理機能を進化発達させてきたと言える。見方を変えれば、ピロリ菌はこれまでは胃の常在細菌であったとも言える。多くのヒトの胃からピロリ菌が消えつつある現代の“異常”な状況は、胃の生理機能に変調を及ぼすであろうことは十分に想像できる。 本演題では、このような考え方を基盤にして、消化器疾患におけるPbの展望について、とくに今後の上部消化器疾患におけるPbの可能性に重点を置いて述べたい。 |