セッション情報 会長講演(兼理事長講演)

タイトル

トランスサイエンス時代の消化器病学

演者 菅野健太郎(自治医科大学消化器内科)
共同演者
抄録 トランスサイエンスという言葉はAlvin M. Weinbergが米国で原子力発電所等の開設や超音速機の運航等科学技術の進歩に伴う社会への影響を考えるにあたってサイエンスだけでそれら問題(トランスサイエンス問題)の明確な方針決定に関わることには限界があり市民社会への情報開示と真摯な対話のなかで最善の意思決定を行うべきであることを論じた際に使用した言葉である.これを今回の消化器病学会の標語として決定した直後に東北関東大地震と福島原発事故が発生しそれによって甚大な被害が引き起こされた.原発事故は広島型原爆の20発分ともいわれる環境や食物への放射能汚染を引き起こしたがその要因となったのは科学者企業政治の閉鎖構造一トランスサイエンスの欠如一によると考えられる.このような閉鎖的意思決定プロセスによってリスク評価が安易となり適切な安全対策が行われなかったばかりか代替エネルギーへの切り替えエネルギー使用の効率化等の発想の転換すらも遅延させることになったのである.わが国の近代の歴史を振り返ると足尾鉱毒水俣病イタイイタイ病など環境破壊と食物汚染による健康被害が繰り返されていることそこに同じ閉鎖構造と企業優先論理が共通して認められることがわかる.これらの過去の悲惨な公害が住民にもたらした大きな負の遺産は現在に至るまで被害を受けた方々のみならず我々に重くのしかかっているのである.これらの誤りを繰り返さないためにトランスサイエンスの実践が今ほど求められる時代はないと思われる.消化器病学は食を基本としている医学であり環境汚染や食物汚染の問題はトランスサイエンス時代の消化器病学を考えるうえで重要な視座を与えるものでもある.食の問題に関しては単に食物の安全性だけでなく生体機能に及ぼす影響など多くの要因についても分析しその情報を広く市民社会と共有し相互の理解を深め共同して疾病予防や社会の健全なあり方を構築していくことが重要である.
索引用語