抄録 |
胎生期の主要な血清糖タンパク質であるアルファフェトプロテイン(AFP)が肝細胞癌(HCC)において再生産される事が報告され,HCCの血清学的診断法として広く利用されるに至った.しかしながら,検出法の高感度化によりHCCの背景基礎疾患である肝硬変などにおいても上昇することが判明し,その腫瘍マーカーとしての診断的意義が疑問視されていた. 演者らはこれらの問題を解決する目的で,HCC由来ならびに非癌性AFPの分子識別の研究を開始した.HCC由来ならびに胎児性AFPの純化とそれらのアミノ酸組成,糖鎖組成,蛋白一次構造の比較研究などを行い,蛋白部分では明らかな差異は認められなかったが,糖鎖が異なる結果を報告した. これらを臨床応用する目的で,非癌性AFPの純化と糖鎖分析は濃度的に困難であるため,糖鎖構造を間接的に反映するレクチン結合性により検討を試み,レンズマメレクチン(LCA)に対する反応生が異なることを見出すことが出来た.すなわち,肝硬変などで上昇するAFPにおいてはLCAに反応性を有する結合性分画がほとんど認められないのに対して,HCC由来AFPにおいてはこの結合性分画が有意に上昇する事実を報告した.そして,その反応生の違いが二分岐複合型糖鎖の還元末端側α1-6フコースの有無に起因する事を明らかにした.さらに,このフコシル化亢進が肝硬変でAFP上昇を示し,その後,HCCを併発してAFP再上昇を呈した同一症例内においても起きていること(同一例におけるswitching症例)を報告した.また,画像的に早期HCCと診断された時期より遡ること4年余り前からフコシル化亢進が起きていることなどの事実をあわせて報告している. このHCC特異的フコシル化AFP分画はTaketaらの開発したLCA存在下の親和性電気泳動ブロッティング法によるL3分画定量として保険収載され日常臨床に広く使われるに至った.現在では高感度化L3自動化測定機器による自動計測がなされているが,用いられているアッセイ原理であるAFP糖鎖近傍にある抗原決定基に対するモノクローナル抗体とLCAを用いた競合的測定原理は演者らの研究報告結果を基礎としたものである. これらの癌化に伴うLCA結合性分画上昇がHCC症例においては,肝で産生されるAFP以外のα1アンチトリプシン,トランスフェリンなどの各種血清糖蛋白においても普遍的に起きていること,ならびに,その糖鎖構造変異がAFP糖鎖変異と同じ二分岐複合型糖鎖のα1-6フコシル化であることを明らかにすることが出来た. さらに,フコシル化の酵素学的基盤であるα1-6フコース転移酵素(Fut8)活性がHCC血漿で良性肝疾患に比較して優位に上昇すること,ならび,HCC組織において,非癌部に比較して癌部に活性化が認められる事もあわせて報告している. また,厚生労働省科学研究費補助金(平成17-19年)による多施設共同研究においては,フコシル化AFP分画がHCCの診断のみならずHCCの生物学的悪性度を示す指標である事を示した.すなわち,治療介入前のAFPフコシル化分画上昇群と低下群の生命予後が層別化されること.また,AFPフコシル化分画陽性HCC症例においては肝予備能が許す範囲で出来る限り腫瘍制御能の高い治療法を選択する事が生命予後の改善に結びつくことなどの提言を行っており,AFPフコシル化分画の新しい局面を切り開く結果となった. 本講演では以上述べたHCC由来ならびに非癌性AFPの分子識別とその臨床的意義の研究経緯について演者らの成績を述べる. |