セッション情報 会長講演(消化器外科学会)

肝胆膵癌の治療限界克服を目指して

タイトル 会長講演3:

肝胆膵癌の治療限界克服を目指して

演者 具 英成(神戸大大学院・肝胆膵外科学)
共同演者
抄録  武道に心・技・体という言葉がある.この言葉は外科医のあるべき姿を言い得て妙がある.心があっても技量が伴わなければ最善の手術は遂行できない.逆に技量があっても心が無ければリスクを孕む外科医療は冷え冷えとする.さらに外科医に心身の健康が無ければ期待に応えられない.良き外科医であるにはこの心得を完全に血肉と化し実践することが肝要だが,さらに外科学の進歩を目指すにはそれだけでは足りず,不可能への挑戦という別様の理念が必要である.自らの歩みを振り返ると,良き外科医,壁を超える研究者たるにはどうあればいいのか絶えず自問してきたように思う.本講演では私の外科医としての歩みについて技術的修錬が最大の目標であった駆け出しの時期,基礎医学の片鱗に触れ外科研究に目覚めた時期,肝移植や進行肝癌の治療限界の克服を目指して猪突猛進した時期,そして大学の一指導者として高度医療と人材育成を追求する時期に分け,この4つの時相の折々で私が要諦と感じたことを若い外科医へのメッセージとして述べたい.
 私は卒後1年の外科研修を終えた後,先輩の勧めで直ぐに大学院に進学し,生化学研究に従事した.技術指向が強く当時は研究の重要性を知らなかったが,後になってこれが貴重な経験となり以後の外科研究の礎となった.帰局して最初は膵疾患による局所性門脈圧亢進の病態解析や肝切除の肝機能評価など診療で直面した疑問にかかわる臨床研究を行った.それらのうち局所性門脈圧亢進症の論文はともすれば通り過ぎてしまう地味なテーマであったが,英文で書いたことでWarren教授からSGO(現在のJACS)に推薦されacademiaで生きる最初の動機となった.以来,説明のつかない事柄や疑問にはそれなりに重要な研究の萌芽が隠されていること,未解明で重要度の高い課題を捕捉するには“考える読書”で文章力や論理力を鍛え普段から自己の洗練に努めること,そして自分の感性に自信を持つことが大切との考えに至った.そうすれば一見当たり前のようでも説明のつかない事象に遭遇した際には“常識”に流されず立ち止まる習慣がつく.
 その後,異所性肝移植の実験を開始したがこの術式は手術侵襲が軽い半面,宿主肝との門脈血流の至適分配,長期の血流維持などの技術的な課題に直面した.今から考えればこれと言った新たな方法論も無く当然の帰結で,既に同所性肝移植が主流となった所以を身にしみて知ることになった.しかし,若さ故の気力,体力任せの研究は,それはそれでチームの知識,経験を深め無肝期化学療法,small for size の部分肝移植の研究などに繋がった.その成果として,極小の部分肝では門脈流量が相対的に過剰になり再灌流障害が増悪することを提唱した.これらの研究は労多くして成果は少なかったが,研究の喜びや醍醐味を仲間と共有することができ臨床においてもチームにさらに磨きがかかった.
 また肝移植の研究に携わる中でveno-venous bypassを目にしたことから進行肝癌に対する経皮的肝灌流を着想した.本法は移植と肝臓外科の接点で生まれた肝臓の標的化学療法としてbenchからbedsideに届けることができた.肝移植や肝癌治療などこれまでの研究で経験したことであるが,大概は計画段階の青写真通りに進むことなどむしろ稀であった.じっと研究課題を考えあぐねるより,踏み出し行動することで新しい知見や技術に触れる機会が得られ独創的な研究が始まるように思う.この新治療法は臨床I,II相試験に続いて文科省の大型予算による第III相試験でevidenceの確立を目指したが対照群が集積されず完遂できなかった.現在,先進医療を通じて保険収載を目指している.これらの外科研究の歩みの途上では国内外のart & scienceともに卓抜した多くの先達との出会いに恵まれ,“心技体”に加えてグローバルな学術交流の重要性を痛感した.後輩外科医には広い視野で自らを磨き“常識”に流されず,挫折や困難を乗り越え人間力,総合力を鍛えて外科学の明日を切り開いて欲しい.
索引用語