抄録 |
2006年にがん対策基本法が成立し,2007年にがん対策推進基本計画・都道府県がん対策推進計画が策定されて,わが国においても,がん対策を総合的かつ計画的にがん対策を推進する方向性が示された.がん対策の目的は,第一に,がんの罹患と死亡を減少させることであり,第二に,がん患者とその家族のQOL(Quality of life)を向上させることである.これらの目的を達成するため,予防・早期発見・診断・治療・終末期ケアからなる一連の対策において,証拠に基づいた戦略を系統的にかつ公平に実行し,限られた資源を効率よく最大限に活用することが求められる.がん検診は,がん死亡を減少させるための重要な対策の1つである.がん対策推進基本計画では,随所に「科学的根拠のあるがん検診」の実施が強調されている.科学的根拠のあるがん検診とは,対象とするがんの死亡率を減少させる効果があることを示す研究成果があると判断される検診のことと解釈されてきたが,近年では一歩進んで,がん死亡減少を始めとする利益と,偽陽性や過剰診断などの不利益とのバランスを考慮し,利益が不利益を上回るとする証拠があることが要求される.米国予防医学サービス特別委員会(US Preventive Services Task Force)では,推奨グレードの判断基準を2007年に改訂し,利益が不利益を上回るとする証拠がある場合をグレードAまたはB(検診を推奨する),利益が不利益と近接している場合をC(個人レベルで判断する),不利益が利益を上回るとする証拠がある場合をD(推奨しない),判断する証拠が不十分な場合をI(推奨についての判断せず)とする基準を示した.すなわち,利益とともに不利益についても科学的証拠を積み上げて,判断材料の重要な要素とすべきいう考えが強調されるようになってきている.不利益の内容と大きさは,年齢によって異なる.高齢者に対するがん検診は,受診者本人がうける不利益が利益に比べて大きいことが多く,特に,過剰診断の影響が大きい.一方,若年においては偽陽性の影響が大きい.今後は,推奨グレードを年齢別に設定していくことが必要である.がん検診は,働き盛りの年齢層こそ重点的に受診すべきであり,職域におけるがん検診を体系化していくことも重要である.現在,特定健診とがん検診でずれを生じている実施主体についても,いずれかに統一することが強く望まれる.最近,諸外国におけるがん検診の死亡減少効果に関する大規模ランダム割付比較試験の結果が続けて報告されており(前立腺がん,肺がん),これを受けてのガイドラインの更新が検討されている.我が国の検診ガイドライン作成・更新機能についても,恒常的な機能を中央の公的機関に常設する必要性が高まっていると考える.並行して,エビデンス・レポート作成を担う機関(アメリカ・カナダで14箇所指定されているEvidence Practice Centerに相当するような)の設置も考慮する必要がある. |