抄録 |
消化吸収学会における消化と吸収に関する研究は膵臓外分泌と栄養素の分解,吸収に関するものが多い.しかし,当然のことであるが消化酵素による食物の分解は消化と吸収のほんの第一歩でしかない.栄養素の吸収は消化酵素の作用はもとより,上皮における吸収の複雑なプロセスを含んでおり,これらプロセスの障害は全て消化吸収障害に結びつくものと想定される.malabsorptionは今日,1) luminal phase,2)mucosal phase,3)post-absorptive phaseに分けて考えるのが一般的である.膵臓外分泌の障害は当然luminal phase障害である.強皮症による消化吸収障害も栄養素と消化酵素のミセル形成障害によるluminal phaseの障害と言える.一方,癌,リンパ腫,結核などリンパ系の閉塞による栄養吸収障害はpost absorptive 消化吸収障害である.このような考え方以外に,今日ではカプセル内視鏡,ダブルバルーン内視鏡によって全小腸の観察と組織生検が可能となり,概念的な疾患分類のみならず実際の腸上皮の肉眼的,組織学的異常の有無を判断して疾患を捉えることができるようになっている.今回の特別講演では,私たちが経験した原因不明の下痢,貧血,低栄養症例のカプセル内視鏡画像,組織標本を提示し,これらを通じてmalabsorption,蛋白漏出性腸症に対する今日の診断手法を紹介する.さらに,このような症例の提示と共に,ごく一般的に用いるプロトンポンプ阻害薬(PPI)や,非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAID)が小腸粘膜傷害に深くかかわる現実が明らかにされつつあることを実験動物データ,ヒトデータで紹介する.これら薬剤性小腸障害は,消化吸収や,低栄養という面では軽症の場合が多いがひとたび原因不明の消化管出血をきたした場合,まれな小腸疾患による栄養障害以上に,臨床的には大きな問題となる.またこれらの薬剤を服用する患者が膨大であるため,臨床的には顕在化していな潜在患者が膨大な数に上る可能性がある.本講演ではPPIやNSAIDによる薬剤性消化管障害に腸内細菌が深くかかわること,および薬剤起因性消化管傷害の発症病理に関する最近の進歩を紹介する. |