抄録 |
日本はもっとも高齢化が進んでいる国であり,医療費の増加を可能な限り抑えつつ医療の質を保つことが,国の存亡に関わる重要事項となっている.しかし,今世紀に入って医薬品の輸入は急拡大し,貿易収支悪化の大きな要因となっている.この事態を引き起こした背景には多くの要因が関与するが,最大の問題は国家戦略の欠如にある.資源の乏しい日本にあって,医療産業の強化は,国の経済基盤強化の観点から不可欠である.この趣旨に沿って2000年には海外と比べても遜色のない大型ゲノム研究・医学研究が開始されたものの,発案者である小渕恵三首相の死によって,それが継承されることなく,水泡のごとく消えてしまった.基礎医学研究の成果が臨床の現場に還元されるには長期的かつ戦略的投資が必要であるにもかかわらず,橋の建造にたとえると,十分な設計図なきままに不揃いな橋脚だけを作って,工事を中断したかの感がある.海外ではゲノム医学・ゲノム医療が大きく注目を浴び,継続的に大型予算が投入される中,日本は世界から大きく取り残され,「2日間で,世界に1週間ずつ遅れをとる」と揶揄されるような状況となっている.特に,個人レベルでのゲノム情報を利用した医療制度の整備に関しては,米国では医療に関わるさまざまな分野の人たちが集まって議論されているにもかかわらず,わが国では研究・臨床応用・社会的議論など,すべての面で遅れをとっている.このまま看過していては,医療保険制度が破綻しかねず,国家経済基盤のさらなる弱体化につながることは必然である.各省庁の部局がまとめた案を束ねたものが省庁案となり,省庁案をまとめたものを国家戦略とするのではなく,百年先を見据えた国家戦略の元に各省庁が各自の役割を担う方向に変えない限り,世界との差は広がるばかりである.ゲノム医療やがんの新薬開発を例に,わが国の抱えている問題,そしてそれを克服するための方策について紹介したい. |