セッション情報 医療パネルディスカッション第1部

消化器病学と医療現場のDiscrepancy(乖離)

タイトル SPD1-2:

我が国における慢性胃炎の臨床と機能性ディスペプシア

演者 三輪 洋人(兵庫医科大学内科学上部消化管科)
共同演者
抄録 胃の痛みやもたれなどみぞおちを中心とした症状をディスペプシアという.何かはっきりとした原因があるからディスペプシア症状がでているとの思い込みから多くの患者はこの症状で医療機関を受診するが,日常臨床の場では内視鏡や腹部超音波検査などを行ってもその原因となる明らかな器質的疾患を見つけられないことが圧倒的に多い.器質的疾患がないので機能の異常がその病態の主ではないかとの考えから,これらの疾患は機能性消化管疾患と考えられ,ディスペプシアが主症状の場合には機能性ディスペプシア(functional dyspepsia,FD)と呼ばれる.しかし2013年6月まではFDという保険病名がなかったため,これらの患者の多くは慢性胃炎の保険病名のもとで治療されてきた.慢性胃炎には組織学的胃炎,内視鏡的胃炎,症候性胃炎の三つの概念が含まれ,この中で症候性胃炎が機能性ディスペプシアにあたるため,慢性胃炎の診断名が使用されてきたと思われる.しかし本来の慢性胃炎は胃粘膜の組織学的炎症に対する診断名で,基本的には症状の有無と関係しない.すなわち,慢性胃炎とFDとは別の次元の疾患である.さらに慢性胃炎の保険病名取得のための臨床試験の薬効評価の主要指標は発赤やびらんなどの内視鏡所見の変化であり,症状の改善を主眼としたものではなかった.実際,FDに対する薬剤の効果は概して低く,現在慢性胃炎の治療薬はFDに対して有効であるものはほとんどない.多くの臨床医はこの矛盾を認識していたが,保険病名がないため臨床現場ではプラセボ効果を期待して慢性胃炎に対する薬剤で治療せざるを得なかった.今回FDが保険病名となったことは,この疾患への適正なアプローチの一歩を踏み出したという意味で極めて意義深いものである.疾患の病態の理解は進歩し,それにつれて疾患概念は変化し,治療法も変わっていく.アカデミックな専門家集団である医学系学会はその研究成果をいち早く臨床に導入し,国民の福祉に資するため,積極的に行政へと働きかけていく必要があろう.
索引用語