セッション情報 シンポジウム2

消化管癌の分子病態学に関する進歩

タイトル S2-13:

慢性炎症に伴う大腸腫瘍発生におけるDicer遺伝子の特殊な癌抑制作用の解明

演者 吉川 剛史(東京大学消化器内科学)
共同演者 大塚 基之(東京大学消化器内科学), 小池 和彦(東京大学消化器内科学)
抄録 【背景】個々のmicroRNA(miRNA)には腫瘍促進的にも抑制的にも機能するものがあることが知られているが,miRNAの全般的な発現低下は癌によく認められる現象であり,逆にmiRNAの発現低下が様々な臓器の発癌に関与すると報告されている.我々は炎症性ストレスがmiRNAの機能を低下し,それが炎症性発癌の機構の一つではないかと考え検討を進めているが,今回はそれに関連してDicerの発現量を減らしてmiRNA全般の発現量を変えた時の大腸での発癌性の変化を検討した.【方法】腸管上皮細胞特異的にDicerを片アレルまたは両アレルを欠損させた遺伝子改変マウスを用いて,AOM・DSSの投与で大腸に炎症性腫瘍を惹起し,以下の検討を行った.【結果】1)腸管上皮特異的Dicer欠損マウスでは,野生型とヘテロ,ホモ欠損と欠失アレル数に応じてDicer蛋白質の発現量が減少した.2)Dicerの蛋白質発現量に相関して,matureなmiRNAの発現量もヘテロ欠損マウスでは野生型とホモ欠損マウスの中間程度であった.3)DSSによって惹起される炎症の程度は三者で有意な差はなかったが,腫瘍の発生はDicerのヘテロ欠損マウスで最も多く,野生型とホモ欠損マウスはほぼ同等であった.この腫瘍形成能の違いはDicerの残存アレル数,ひいてはmatureなmiRNAの発現量に依存していると考えられた.4)この現象は腫瘍部分のDicerの発現量も残存アレル数に依存していたことからcell-autonomous effectと考えられた.【考察】Dicer遺伝子の両アレル欠損でmiRNAの発現が抑制される場合は,野生型と比べて腫瘍形成能に大きな違いはないものの,Dicerのヘテロ欠損マウスでは腫瘍形成が促進されるというDicer遺伝子の特殊な“obligate haploinsuffciency”性が示された.慢性炎症下ではmiRNAの機能が低下していることが想定されており,ここで示したmiRNAの発現量がある程度抑えられているDicer遺伝子のヘテロの欠損と類似の状態を呈して易腫瘍性になる可能性が考えられ,miRNAの機能増強薬剤が炎症性腫瘍の予防法になることが示唆された.
索引用語